図(1)
ボールの軌道を観察できるのは投手がボールをリリースしてからのほんの一瞬で、これで判断するのは難しいものです。そこで、投球前からそれまでの配球や投手の調子、カウントとの関係などから「次は直球?高めで内角の確率が高いかも?」など予測範囲を絞ります。
図(2)
人が判断する場合に漠然(ばくぜん)とした状態でいるよりも、的を絞っている方が早く対応できます。たとえ予測が外れても、選択範囲(せんたくはんい)が狭まる(せばまる)ため反応しやすくなります。まして、予測が的中するとしめたものです。その意識の流れを図式にしたものです。
(1)人の視野は左右に比べると上下は約8割の視野しかありません。また、眼球運動も左右に比べると、上下への動きは 遅いそうです。このため上下の動体視力は左右より悪いと言えます。従って、ボールが左右に動く場合は追いやすく、上下に移動する(フォークボール)要素が 強まると追い難く(にくく)なります。
(2)立体感を感じとるためには両目を正対(せいたい)させる方が良いそうです。つまり、真っ直 ぐ前を向いている場合の方が空間でのボールの位置やコースが分かりやすい。選球エリアでは球速や高め低めかなどを判断する立体感が大切です。「見る能力」 から考えても、選球エリアではできるだけ投手に目を正対させ、徐々にボールを追いながらミートポイントへ目線を運ぶという基本を守れば、最終的に左右の視 野と眼球運動でボールを追いやすい状況を作れます。
バッターがどのくらいまでボールが見えているか石垣先生に調べてもらいました。
大学生レベルの選手の場合
⇒ ●ホームベースの手前2.3mまでの距離
プロ野球選手の場合
⇒ ●ホームベースの手前1.7mまでの距離
※この距離よりもボールが近づくと、もはや人間の「見る能力」を越えてしまい、見ているつもりでも見ていないと石垣先生は説明されました。
木俣氏は、このことを知ったとき、試しにミート直前で目をつぶってみました。するとどうでしょう、ジャストミートは難しいのですが、ほとんどの場合バットでボールをとらえることができました。
解説1: 2.3mをボールが進む時間は約0.07秒、人間の反応時間は約0.1秒です。つまり、そこまでミート直前になって人間が動作を変更することはできません。この段階でバットはそれまでの惰性(だせい)で、半自動的にミートポイントへ向かって動いていて、最後まで見えなくても打てるわけです。だからといって、「最後までボールを見ろ!」というコーチの怒鳴り声が間違っているのではありません。目をつぶると誰もが不安定になり、重心がふらつくのでいけません。
解説2: 同じことがヘッドアップにも言えます。頭の位置がずれると体全体の重心がずれて、ふらついた状態と同じことになります。たとえ目で追えない速さでもミートするまでボールをしっかりと見ることは重心を安定させてスイングするために重要です。
解説3: 一方「頭を動かすな!」というコーチの怒鳴り声には少し問題があります。頭を動かさずにあんなに速いボールを目だけで追うことはできないからです。ただし、コーチが言おうとしていることは分かります。「頭の中心軸を動かすな!」「顔を向きだけを変えてボールを追え!」というべきでしょうか。
石垣先生の調べた研究の中に、スイング開始からミートまでの時間を測定した実験があります。これによるとスイングそのも のにかかる時間は 0.16~0.2秒程度とされています。筋肉まで命令を伝達するのに約0.1秒かかりますから、ミート前0.28秒あたりが選球のデッドラインになり、見 送るかちょっと待つかなどをスイング開始前に決定しなければなりません。
視覚デッドライン=ボールが接近して見えなくなるホームベース前1.7m(時間に直して約0.06秒前)が視覚デッドラインになります。
選球時間=バッターに与えられた選球時間は、リリース後の0.22秒以下、時速150kmの快速球であれば0.14秒しかありません。この瞬間に打つか打たないか、打つならどんなボールかを判断しています。事前の予測はおそらくはずれる場合の方が多いでしょう。
事前予測後=事前予測ではずれ方が少なければ、第13回の教室で説明した内角や外角、高め低めの合わせ方を参考にスイング後の修正を行います。それが可能な時間は選球後の約0.2秒間と考えられます。
選球デッドライン以後は、スイングを開始しなければならず、大きな修正は無理です。スイング後に修正できるとしても、できるだけ正確に選球していることが大切です。
図(2)
石垣先生の研究結果では、リリースからミートポイント間の3分の1までが、打つか打たないかを決める打撃判断デッドラインになるそうです。したがって、予 測とのズレの大きさで打撃を開始するかしないかを優先的に判断し、「打てる」ならばどの程度修正するかをさらに選球します。一方で、ボールの速さに合わせ たタイミングを調節しスイング開始を調節。ほんの一瞬ですが、実に巧み(たくみ)な判断と動作調整が要求されます。
判断が間違っているとミートできません。目からの情報が正確であること、脳での判断が的確であることが大切です。目からの情報を正確にするためには、目線 を的確に動かすこと。そして、脳での判断を的確にするためにはボールを良く見ることと、何度も練習することです。ただ練習回数をこなすだけではなく、的確 な予測を心掛け、どこで球種やコースが分かったかを考えます。判断力を学習する上でも予習・復習が大切です。
人間の「見る能力」には前回から説明してきたように限界があります。しかし、大学生とプロ野球選手に差があるように、何らかの方法で「見る能力」を高めることが可能なはずです。この点について石垣先生に尋ねると「速い物を見ることが一番」と答えてくれました。
打席に立って、投手の投げたボールを打つのではなく、構えた状態でホームベースまでボールをしっかり見る練習をすること!
球種やコースをしっかりと判断できれば対処できるはずです。この点、プロ野球では速球投手が多いので、自然に目のトレーニングになっているのでしょう。打たせてばかりでなく、ボールを見る練習(ボールから目を切らない練習)をするのも大切と言えます。
数字や簡単な図形をボールに書いて、それを読むなどの工夫をすればおもしろい練習法になります。人間の弱点でもある上下の動きに対しては、上から落としたボールを打たせるドロップボールトレーニングも効果的と石垣先生は教えてくれました。
写真(1)ボールのどこに当てれば良いか、また、バットのどの辺りに当たれば良いか、1秒間に4,500コマ撮影できるカメラで、川又氏のバッティングを撮影しました。
●ボールがバットに触れている時間は8~9コマで0.002秒以下でした。インパクトがいかに瞬間的で重要かがお分かりでしょう。インパクトの瞬間にボールの行方が決まっています。よく「ボールをバットに乗せる気持ちで」とか「ボールを運ぶ気持ちで」などの説明がありますが、これは本当に「気持ちを持つだけ」であって、ボールを乗せたり運んだりする時間はありません。良いインパクトではバットの威力(いりょく)がボールに伝わりやすく、力をボールに伝えた実感と現象がマッチして「乗せた」とか「運んだ」というイメージが起こるのだと思います。
写真(1)
読売ジャイアンツ 長嶋元監督の場合
○ボールの反対側の黒い部分へ打ち抜くイメージでインパクトからフォロースイングへとつなげていたそうです。押し手のプッシュ力が強まり、フォローが大きくなります。
写真(2)
木俣氏の場合
○黒い部分にバットを強く押し付けるイメージです。
ヘッドが遅れ、インサイドアウトにバットが出ることで手首の返りが遅くなり、強いプッシュが生まれます。
接点がボールの芯より2mm高い場合
⇒●この場合はゴロになってしまいます。
接点がボールの芯より5mm下の場合
⇒●ボールの速度は大きいのですが、上昇角度が低いためそれほど飛びません。
接点がボールの芯より9mm下の場合
⇒●最も飛距離が伸びます。
接点がボールの芯より17~20mm下の場合
⇒●接点が下がるほどボールの上昇角度が上がってボールが高く上がり過ぎて飛距離が短くなります。
※この実験結果から考えるとボールの芯より9~15mm程度下のところにバットを当てると良く飛ぶと思われます。
図(4)
実験中、川又氏には打撃ごとに「芯に当たった!」「つまった!」「先っぽ!」と言ってもらいました。
「芯に当たった」場合 ⇒ ヘッドから11~15cmの部分であり、およそ4cmの幅
「つまった」場合 ⇒ ヘッドから15cm以上グリップ寄り
「先っぽ」の場合 ⇒ ヘッドから9cm以内のまさにヘッドの先
※バットが違うと芯の位置も違います。芯のエリアに当たると手に良い感覚があり、はずれると不快な振動やゴツとしびれるような振動が伝わります。